怪我を抱えたままトレーニングの継続することによる影響

高輪で鍼灸治療院を開いている今野です。

自身が元競泳選手ということもあり、アスリート専門の治療院となっております。

一般的な治療院との違いは、痛みを治すことや硬い部位を緩めるだけではなく、「特定の部位に力が入っていない」ことや「可動域が狭い」あるいは「自覚していない骨格の歪みや筋力不足」などを改善してパフォーマンスアップに繋げることをゴールにしている点です。

今野鍼灸治療院では治療のその先を常にイメージしながら、アスリートの自己実現をサポートしていきます。

ご縁があって僕はトライアスリートをよく施術します。
トライアスロンにおいての怪我は様々ですが、そのひとつにバイク中での落車があります。

アスリートの中には痛みに強い、慣れている人がいるので、痛みに耐えながらそのままトレーニングを継続する方々もいらっしゃいます。

しかし、実際には歩行困難になってしまうアスリートの方もいらっしゃいます。

そこで今回は実例を元に、

  • 患者様の状況と実際の怪我の経緯
  • 怪我による影響
  • 実際の治療方針

を書いていきます。

「怪我を抱えたまま、トレーニングの継続することによって身体はどう反応していくのか?」など、怪我をしてしまった方や怪我の多いスポーツを行っている方は参考にしてみてください。

※本記事に関しては、患者様より許可を頂き掲載しております。

怪我後の経緯(実例)

実例は実際に僕の院に通院してくださっている患者さまを元にしております。
以下、患者さま情報と最初の怪我から現在までの経緯を箇条書きにして並べます。

患者様の状況

  • 50歳代、男性
  • トライアスロンを中心にトレーニング
  • 4~5番腰椎にヘルニア(実例の怪我前から)

怪我〜来院までの経緯

  • 2018年5月
    レース中のバイクで落車、左臀部を強打し打撲
    腰痛悪化
  • 2018年6~9月
    痛みを抱えたまま4レースに出場
  • 2018年10月 
    アイアンマン完走
    右に身体を傾けて&腰を反らせないと走れない
  • 2019年1~3月
    歩行困難
    短期間ではあるものの車椅子も使用
  • 2019年9月
    世界選手権
  • 2020年1~8月
    歩行困難
  • 2021年6月
    当院にて初めて施術を受ける

落車以降、痛みが強いのでレースでは痛み止めを服用。
鍼灸、整体、カイロなどの施術を受けつつ、整形外科や脳神経内科にも受診したものの特に確定診断には結びつかず。

落車による打撲は骨折を疑うほどの強い打撲だったそうです。

その直後には整形外科でのレントゲン撮影とかはしていなかったので不確かではありませんが、その後しばらくして受診した際のレントゲン写真では骨折の兆候はなかったそうです。

落車以前から僕に出会う少し前まで、患者さまはずっとお気に入りの鍼灸師の施術を受けていました。
残念ながら移転されてしまったので思うように通えなくなり、新しく施術者を探していたところで僕と出会いました。

実例における身体の反応

怪我をしてしまった場合、身体には

  • 直接的な怪我に対する反応
  • 間接的な身体の反応(代償動作)

の2種類の反応があります。

また、上記に加え、

  • 長期化することによるマイナス面
  • 痛みなどにより使えない筋肉が生じる(筋力低下)

といった影響もあります。

今回の実例では、怪我に対して以下のような身体の反応が出ていました。

実例における直接的な怪我に対する反応

打撲

打撲した部位は衝撃によって筋肉組織、皮下組織等に出血や炎症がおきます。
その部位を動かせば当然痛みますし、程度によっては安静時でさえ痛いこともあります。

衝撃

打撲した周辺の筋肉は衝撃に耐えようとして、瞬間的に「ぐっ」と力が入り硬くなります。
交通事故による首のむち打ち症状もこれと同じです。

これも程度によりますが、症状が重いとその分硬さも強く、自然にほぐれていくとは限りません。

かばう

左臀部を強打して強い打撲になったことで、走る時に左足に体重がかかると痛いからなるべく左側に体重がかからないように走るフォームになってしまいました。

そうすることで痛みからはある程度逃げられます。

左側に体重をかけない、つまり体重を可能な限りずっと右側にかけ続けるので、身体は右側に傾いた姿勢となります。

これが1日や2日ではなく中・長期的に継続されていたので、右側への筋肉的負担が強まり疲労も溜まっていきます。

特に右の臀部や大腿部は右側に体重がかかった時に支えるための主役になる筋肉ですから、相当負担が強くなります。
その負担と比例して筋肉が硬くなっていきます。

実例における間接的な身体の反応(代償動作)、歪みの形成

人間の脳は痛みに対して強いストレスを感じますので、どうにか痛みを感じないようにするために無意識に身体が反応し、なるべく痛くないような姿勢や動きをしてくれます。

これを代償動作と言います。

この身体の反応自体は素晴らしく、人間の身体はよくできていると個人的にはとても関心するポイントです。

しかしながら中・長期的にこのような痛みに対する代償動作が入った状態を放置したまま日常生活を送ったりトレーニングを継続したりすると、直接的な身体の反応で起きていた筋肉の反応に加えて負担が上乗せされることになります。

怪我による直接的な負担とその後の代償的な負担をあわせることで、簡単に言えば何十箇所もの筋肉が非常に硬くなり、しかも左右対称ではないために歪みを起こします。

歪んだままだと日常生活やトレーニングの負担がさらに上乗せされ、歪みが新たな歪みを作ります。
その繰り返しです。

実例における長期化からくるマイナス面

長期的に筋肉が硬くなっていると、筋肉というのは形状記憶合金と同じなのでその硬さがその筋肉にとっての正常な硬さと勝手に認識してしまいます。

硬ければ硬いほど、期間が長ければ長いほど施術をしても硬い状態に戻ってしまう性質があります。

そういった身体はどうしても施術と施術の間を空けずに施術しなくてはいけません。
施術して硬い筋肉を緩めても、間隔が空いて元の硬さに戻ってしまってから施術を受けてもなかなか改善してはいかないからです。

現在、この患者さまは週に一度必ず施術を受けています。

痛みなどにより使えない筋肉が生じる(筋肉が落ちる)

怪我やその後の代償動作により何十箇所もの左右非対称な筋肉が硬くなるという話をしました。
その裏では使わなくなる筋肉が存在しています。
「痛みや周辺の筋肉が硬すぎて使いたくても使えない」という状態です。

使わない筋肉は早ければ3週間ほどで落ち始めます。

今回の実例の場合には、

  1. 硬く、弱く、使えていない筋肉
  2. 使えていないことで弱い筋肉
  3. 「1」と「2」により必要以上に使わされている筋肉
  4. ある程度正常な筋肉

これらの筋肉が混在している状態です。

実例に対する、具体的な施術内容

初診時の状況

初診日の主訴は腰痛。

初診日の施術前に歩いて頂きましたが、身体、特に骨盤周りのしなやかさが全くなくてロボットのように歩いていたのを強烈に覚えています。

あまりにも不自然に、そしてなるべく衝撃を受けないように、身体が痛くないようにその歩き方に辿り着いたのだと思いますが、その歩き方を見ればどれだけ痛かったのかを物語っているようでした。

上記状況をから、僕はまず施術に対して以下のような優先順位をつけて、施術を行います。

  1. 痛みの軽減
  2. 歪みの軽減
  3. 筋力強化

1.痛みの軽減

初診日の痛みは腰痛でしたので、その痛みを取るために施術をしました。
ある程度痛みが取れ、患者さまにも実感して頂きました。

腰痛を作っていた歪みが施術により少し改善すると、その分動きが出てきます。
結果、それまでにできなかった動きができるようになったり、動きが出たことで違う部位が痛むようになったりします。

次の施術ではその日の痛い部位とそれが発生する動きの詳細を聞き、それを改善するよう施術します。

また少し動きが出てくるので、次の施術までに無理をしない範囲で色々な動きやウォーキングをしてもらい、また違う部位が痛む。
それに対して施術をする。

その繰り返しです。

ある時期では「バイクをやろうと思って低負荷(ランでいうとジョギングレベル)で漕いで3分過ぎると痛くて継続できない」と仰るので、ご自宅に伺いバイクの動作確認をしながら施術をしました。

2.歪み

こちらはローラーを漕いでいる動画の切り抜き写真になります。
左足で踏み込む瞬間の静止画像です。

自転車を漕いでいる時は背骨も左右にゆらゆらと動いていますが、患者さまの背骨はそういった動きをはるかに通り越して明らかに歪んでいました。

歪みを形成している硬い筋肉に鍼治療を施し、1〜2分漕いでもらい身体を馴染ませて、もう一度鍼治療を施しました。
その結果多少歪みが減って改善しています。

3.筋力強化

患者さまのどの筋肉がいつから落ち始めたのか、僕はその時期の身体を触っていないのでわかりません。
わかっているのは早急に落ちた筋肉がどれなのかを割り出し、適切に筋肉トレーニングを開始してもらうことです。

そこで重要なのは、正常な身体で筋トレをするのとは異なるということです。

使わなくなった筋肉は神経回路も眠ってしまっているような状態となり、なかなか自分だけでトレーニングしても効果が現れません。
施術者やトレーナーが神経回路も回復させてあげる必要が出てきます。

僕はここではPNFという手法を用いました。
(参考:日本PNF学会 https://www.pnfsj.com/pnf%E3%81%A8%E3%81%AF/

実際に、少し指導して数分行っただけで「翌日筋肉痛になった」というご連絡を受けました。
それほどその部位を使えていなかった証拠なのです。

痛み+歪み+筋力低下の例

以下は立った状態で片方の膝を曲げ、走っている時の蹴り出しのように後ろ(赤い矢印方向)に蹴る動きをしてもらっている動画の切り抜き写真になります。

最後まで蹴った瞬間の静止画像として、施術前後で比べることができます。

※右足はわかりやすいように反転して左足と同じ向きにしています。

左足を後ろに蹴るとお尻から腰が痛くなり、代償動作として上半身も使って足をあげようとしてしまいます。

お尻の筋肉の使い方も右の時とは明らかに違うと仰ってました。
また、右足に比べると明らかに後ろへいってません。

施術後は代償動作もなくなり、痛みも無くなり、お尻の筋肉の使い方も左右差が減りました。

まだ右足の方が可動域が広いのですが、この写真で見た差以上に患者さまは明らかな変化を感じたそうです。

経過途中の痛み

中・長期間歪んだ身体の状態が続くと、身体全体としては歪んだ身体が普通の状態と認識します。

その日の痛みに対して施術をした結果、それまでの歪んだ身体とは別物になりますので、その身体に馴染むまでの間不安定さが生まれます。
この不安定さは最終的に歪んでいない身体を目指すには避けては通れない壁です。

施術者としては施術前と施術後の身体をあまりにもかけ離れた身体にせず、でも症状を改善する絶妙な身体に仕上げることが求められます。
施術前後でかけ離れた身体に仕上げると、例えばぎっくり腰のリスクが上がります。

よって、一度の施術での変化をある程度にとどめておく必要があり、施術者はその見極めが必要で、患者さまにしっかりと説明することも大切であり、患者さまとしてもその点を充分に理解しなくてはなりません。

毎回全身の硬い部位を闇雲に緩め続ければ歪みが治っていくというわけではありませんので、その点も理解しておくようにしましょう。

実例の患者様の現在の状況

当院への通院期間としては2ヶ月が過ぎましたが、まだ本格的なトレーニングには復帰できておりません。
スイム、ウォーキング、筋トレ、ストレッチという負荷の低い運動や基本的な動作をメインとしたリハビリ期間が続いています。

無理をした後は症状が重くなることを認識しておく

患者さまとしては落車による打撲がきっかけで、痛みはあるけど無理をしながらトレーニングを続けた結果が歩行困難にまで繋がるとは当時想像できなかったようです。

痛み止めを飲みつつ、「我慢すればやれる」から継続したという患者さま、特にアイアンマンレースや世界選手権を控えていたので、夢でもあり大きな目標でもあったので、何が何でもそこまでは続けたいという気持ちもあったことでしょう。

アスリート本人にしかわからないこともあるでしょう。
僕自身も競泳選手でしたので、なんとなく理解できます。

ただ外傷のみならず、症状がある時に無理をした後はその分症状が重くなり、治すのが大変で時間もかかるということを頭の中に入れておいて欲しいです。

著者プロフィール

今野 弘章
今野 弘章
自身の元競泳選手の経験や、「アスリートは体の痛いところを治せば良いわけではない」という考えから、

競技中(日常生活)の痛みの改善
「この部位に力を入れられない」といった身体の悩みの改善
通常時、痛み時のトレーニング
日頃のメンテナンス

など、より良いパフォーマンスにつなげるための、治療、指導を行っております。

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